会津の町
現在、行政や商業などの多くの面で会津地方の中心をなす会津砦松市は、江戸時代には会津藩の城下町として栄え、明治維新のさいは戊辰戦争の舞台ともなった。会津若松の市街地を歩くと、白虎町という町名や「白虎タクシー」と書かれた自動車を見かけ、電柱に巻き付けた道案内には「↑飯盛山」の文字とともに白虎隊の若武者をイメージした絵が描かれている。飯盛山に散った白虎隊は百年以上経ったいまも、会津の人たちにとって誇り高き英傑なのである。今回の旅の起点一JR会津若松駅は、飯盛山や鶴ヶ城、市中心部の商店街・官庁街から見て北西方向にある。会津若松駅は磐越西線(郡山一新津間)が通っていることもあって、観光地の表玄関らしいにぎわいを見せているが、心なしか空が広く感じられる。
構内の跨線橋から南東側を見れば、ショッピングセンターをはじめ多くのビルが遠くに固まっている。磐越西線や会津鉄道にくらべ、只見線の列車本数の少なさはきわ立っている。終点小出まで直通する列車は早朝と夕方に1本ずつ(このほか12時台に発車する只見ゆきは、只見か小山ゆきとなる)しかなく、只見・会津川口・会津坂下といった途中駅で折り返す列車を含めても、会津若松発の定期列車は一日に計6本。7時46分発只見ゆきのあとは12時44分発の只見ゆき(実際には小出ゆき)まで、約5時間も列車がないのである。なんと浮き世離れしたダイヤだろうかと、ため息の一つも出る。